忘憂山

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  • 名称 :
    忘憂山
  • 位置 :
    忘憂洞 山 69-1番地一帯
  • 面積 :
    832.80 ㎡
  • 施設の現状および特徴 :
    独立運動家、画家、文人たちが埋葬された思索の空間

忘憂洞と面牧洞、京畿道九里市にわたっている海抜281.7mの忘憂山の一帯には、ソウル市立葬儀事業所忘憂墓地が位置している。1933年5月27日、京畿道の林野の一部を京城府が譲渡を受け、共同墓地として使用したのが始まりである。現在、ソウル市内にある唯一の共同墓地であり、総面積490,884坪の中に約28,500基の墳墓がある。1973年3月25日、受け入れる土地の余裕がなくなったので埋葬が禁じられた。その後、移葬と納骨が奨励され、2005年9月末現在、墓は17,041基となっており、減少し続けると考えられる。
忘憂里公園には、韓国における子供運動の嚆矢である方定煥、民族代表33人の一人である呉世昌、韓龍雲、天然痘のワクチンの普及の先駆者であり医学者であると同時に国語学者の池錫永、臨時政府内務部書記を歴任した文明煊、東亜日報の主筆と新党の韓国民主党を作った張徳秀、制憲国会議員であり進歩党の党首であった曹奉岩等が安置されており、この七人の著名人の年譜碑が公園内の遊歩道が造成された時の97年2月に建てられた。また、98年2月に詩人の朴寅煥、文一平、徐丙浩、徐東日、吳哉泳、徐光朝、劉相奎、教育家の呉兢善と、八人の年譜碑が追加で設置され、歴史教育の場として活用されている。その他にも独立運動家の金貞奎、画家の李仲燮、小説家の桂鎔黙、 金末峰、 金利錫、 催鶴松、作曲家の蔡東蘚、ジャーナリストの 薛議植、政治家の李炳洪、歌手の車重楽、親韓日本人の浅川巧、朝鮮時代の純祖の長女である明温公主などが安置されていることが、最近明らかになった。
また、忘憂洞山57-1番地一帯の忘憂里公園内の循環道路5.2kmをアスファルトコンクリートで舗装して遊歩道を作った。遊歩道の名称は公募により98年5月、「思索の道」に定められ、都市環境と調和した自然の観察路、総合案内板、東屋、湧水などが新しく設置され、区民の憩いの場であると同時に自然が満喫できる公園として多くの人々に愛されている。

( 管理部署 : 公園緑地課 02-2094-2344 )

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